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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)2146号 判決 1979年5月02日

原告 長谷川幸雄

被告 国

主文

被告は原告に対し金三〇〇〇円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金三〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四四年夏ごろより昭和四七年二月ごろまで京都刑務所において服役した。

2  その間、京都刑務所の職員は原告に対し、以下のように職権を濫用し、虐待した。

(一) 原告は、昭和四五年八月ごろから昭和四六年二月ごろまで四舎独居房の舎房衛生夫および作業指導係として就業していたものであるが、京都刑務所長は原告がその期間中の昭和四五年九月下旬ごろから昭和四六年一月ごろまでの間、独居拘禁中の塩田務、中村一夫、吉田道三の各人に対しわいせつ行為をしたとして昭和四六年五月一日原告に軽屏禁二か月、文書図画閲読禁止併科の懲罰を科した。

しかしながら本件わいせつ行為は事実無根である。すなわち、独居房の錠は職員が開けることになつているから、原告においてかかるわいせつ行為をなし得るはずはない。また、本件軽屏禁懲罰の証拠とされた塩田、中村両名の各供述調書は任意性、真実性がなく、吉田との件については目撃者と称する第三者をでつち上げたものである。従つて右はいずれも本件わいせつ行為を認定するための証拠とはなり得ない。要するに、本件わいせつ行為なるものは高野看守部長が原告を虐待するため虚構したものである。

(二) 原告は、告訴、情願等の書類の認書不許可をめぐる京都刑務所職員の職権濫用に抗議して昭和四四年一〇月ごろから拒食、異物嚥下などを繰り返していたが、昭和四五年一月ごろ、高野看守部長に対し右解決を一任する旨申し出たところ、同部長は「そこまで俺のことを思つてくれているのであれば一日も早く出所できるよう力になろう。」と口約し、これを受けて原告が告訴、情願等を取り下げたところ、都管理部長も、「今までのことは水に流したとのこと、よかつた。こちらも一日も早く出所できるよう十分面倒をみてあげよう。」と口約した。かかる口約は、いずれも原告との紛争を解決するため原告を優遇することを約束したものである。しかるに両名は、原告が昭和四六年二月八日舎房衛生夫としての作業を拒否した事犯につき、右口約に従つて話し合いで解決すべきところこれを懲罰に諮り、このため原告は、軽屏禁二〇日の懲罰の言渡し、執行を受け、虐待された。

(三) 原告は、昭和四六年四月ごろ、過去に胃の手術をしていることもあつて胃の調子が悪く、約二〇日間ほど粥食を支給されていたが、この粥食も全く食べられない日もあるなど日夜苦しんでいた。しかるに本田医務部長は原告に対し、「悪くなつたらわしが責任をとる。」などとうそぶき、適切な措置をとらず、強制労働を課して原告を虐待した。

(四) 原告は、昭和四五年一月ごろから昭和四六年一二月ごろにかけて、計六、七回の軽屏禁懲罰の執行を受けたが、その執行にあたり原告は、午前六時二〇分の起床時から午後七時の就寝時に至るまで罰房の一定の場所に座つていることを強要され、執行期間中、運動・入浴も許されなかつた。このため原告は、冬には耳や手足が凍傷にかかり、夏には持病の湿疹がなかなか治らなかつた。かかる軽屏禁懲罰の執行は体罰に相当し、違法である。これを原告は高野看守部長に申し出たが、同部長はこれを取り上げず、違法な軽屏禁懲罰の執行を続行し、原告を虐待した。

(五) 原告は、前記(一)のとおり、昭和四五年八月ごろから昭和四六年二月ごろまで四舎独居房の舎房衛生夫および作業指導係として就業していたが、その間原告は工場出役者よりも一日約二、三時間もの超過労働を強いられ、また定員三名のところ二名で働かされたこともあつた。かかる超過労働を強いたことは違法であり、原告を虐待したものである。

(六) 原告は、昭和四六年四月ごろより同年一一月ごろまでの間、行政訴訟を提起していたため、その期日の出頭や書類の作成のため、そのころ受けた軽屏禁懲罰の執行にあたり懲罰の執行停止を受けたが、軽屏禁懲罰の執行を停止した場合の懲罰期間の計算について法は、「出廷時などによる懲罰執行停止は当日をもつて一日とする」と定めているから、執行停止の当日は時間を論ぜず全一日として懲罰期間に算入されることは明らかである。しかるに、原告の前記軽屏禁懲罰の執行停止は午前九時ごろから昼前ごろに行なわれたにも拘らず、当日を懲罰期間に算入せず、その分だけ多く軽屏禁懲罰の執行を行なつた。原告はかかる違法な軽屏禁懲罰の執行を是正するよう谷山保安課長に申し出たところ、同課長はこれを一笑に付し、五、六日間もの違法な懲罰の執行を行ない、原告を虐待した。

(七) 原告は、罫紙に訴訟に関する覚書などを記入していたところ、昭和四七年二月九日これが検閲され、翌一〇日谷山保安課長は、訴訟に関する事項は訴訟用ノート以外に書いてはいけない旨指示してあるにも拘らずこれに違反したとして、これを懲罰の対象とした。しかしながら、原告はそれまで右のような罫紙の使用方法をとつていたにも拘らず検閲の結果許可されていたものであり、谷山保安課長は原告に懲罰事犯がなくなつたため、本来懲罰事犯にならないことまで懲罰に諮り原告を虐待したものである。

(八) 京都刑務所の職員は、昭和四五年二月ごろから昭和四六年四月ごろまでの間、勝手に外部の医師を呼び精神鑑定をするのではないと言いながら、三回にわたり問質のみで精神鑑定を行ない、原告を精神病質と決めつけた。しかしながら、当時原告の精神状態は平常で、精神鑑定を要するような状態ではなかつた。要するにこれは、原告が執拗に刑務所職員を批判し、権威を無視するような態度や行動をとつていたため、かかる原告の言動を気違いのたわごととして処理しようとして行なつたものにほかならない。

その後原告は、昭和四六年六月下旬ごろ他の独居拘禁者が事実と相違することを押し付けられてみすみす懲罰処分に付されようとしているのを現認したので、職員に「それは事実と違いますよ。」と言つたところ、石丸管理部長は原告のところにやつて来て興奮しながら、「何をぬかす。人のことをとやかく言うな。馬鹿者め。」と言つて原告を罵倒し、原告を保安課事務室に連行したうえ、同事務室において多数の職員がいる前で、谷山保安課長と共に、原告を「精神異常者よ、馬鹿者」と罵倒し、原告に重大な侮辱を与えた。また、谷山保安課長は、原告が願箋により願い事をするたびに原告を保安課事務室に呼び付け、多数の職員がいる前で、前同様原告を罵倒し、侮辱した。

(九) 原告は、昭和四七年二月二〇日ごろ、訴訟用ノート二冊の領置許可願いを出したところ、京都刑務所長はこれを不許可とし、のちにそのノートを廃棄した。しかしながら、かかる処分は、右各ノートに京都刑務所職員の違法、不当な行為が詳細に記入されていたためこれを湮滅する目的で職権を濫用してなされたものである。

領置不許可処分の理由によれば、昭和四七年二月九日および同月二四日の両日原告も立会の上ノートの証拠保全がなされているとあるが、二月九日の証拠保全については前日にその準備事項を記入した罫紙が検閲され、返してもらえなかつたため(前記(七)参照)、十分な証拠保全がなし得なかつたものであり、同月二四日の証拠保全についてはこれがなされた事実はない。またもう一つの不許可処分の理由として、ノートの記入内容が大部分削除しなければならない内容のものであるとあるが、これまで右ノートについては検閲の結果許可されていたものであり、もとより事実と相違することは書いていなかつたものである。

被告は、ノートを廃棄した点について、原告が同意したというが、かかる事実は全くない。また、原告が本件ノートの領置を願い出、これを必要としていた以上、本件ノートの保存価値がないとはいえないことは明らかである。

3  以上のような違法な処分により原告は精神的肉体的に重大な損害を被つた。これを慰藉するためには金三〇万円が相当である。

4  よつて原告は被告に対し、金三〇万円の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の認否および主張

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)前段の事実は認める。後段の主張は争う。

京都刑務所長は、本件わいせつ事犯につき、塩田と中村両名の供述および目撃者の証言を得たため所定の手続を経て原告を軽屏禁懲罰に処したものであつて、そこに何ら違法はない。

(二)  同2(二)の事実のうち、原告が昭和四五年一月ごろ拒食や異物嚥下をなしたこと、そのため当時の管理部長が原告に対し説諭指導をしたことがあることは認め、その余は否認する。

右説諭指導は、原告を督励する意味あいから「今後心機一転し、真面目に服役すれば面倒をみよう。」と述べたものであつて、原告のいうような「口約」ではない。

(三)  同2(三)の事実のうち、原告主張のころ、同人に粥食を給与したことは認める(但し、給与期間は、昭和四六年三月一九日より五日間、同月二七日より五日間、四月一日より五日間である。)。原告が胃腸の手術をしたことがあるとの事実は不知。その余は否認する。

原告は、最初の粥食期間が終了した時点において疾患としては粥食を支給するような状態ではなかつたが、執拗に身体の異常を訴え、粥食を要求するため、さらに一〇日間これを支給することとしたものである。また、刑務所においては、医師から要休養の診断を受けた者以外は粥食を支給したからといつて作業を課さないことはない。原告に課した作業も幼稚かつ単純な紙細工作業である。

(四)  同2(四)の事実のうち、原告が昭和四五年一月以降昭和四六年九月までの間計五回軽屏禁懲罰を受けたことがあることは認め、その余は否認する。

軽屏禁懲罰の執行にあたつては罰室内の所定の位置に安座せしめているが、食事、用便等に際しては立席ないし出房を許されているし、それ以外の強制を課したことはない。

(五)  同2(五)の事実のうち、原告がその主張のころ四舎独居房の舎房衛生夫および作業指導係として就業していたことは認め、その余は否認する。

舎房衛生夫等、監獄経理に関し必要な作業に就く者に対しては、監獄法二五条四項、同法施行規則五八条により適法に就業させており、原告主張のごとき虐待行為はない。また、衛生夫は作業の合間に十分過ぎるほどの休憩を与えられており、実際に作業しなければならない時間はせいぜい四時間程度である。

(六)  同2(六)の事実のうち、原告主張のころ原告提訴にかかる行政事件が京都地方裁判所に係属中であつたこと、右期間内における原告に対する懲罰執行中原告の主張するような理由で懲罰の執行停止を行なつたことがあることは認め、その余は否認する。

執行停止をした場合の残懲罰期間の計算は、矯正局長通牒(昭和三四年一月一〇日矯正甲六号)により適法に行なつている。

(七)  同2(七)の事実のうち、原告に懲罰を科したことは認め、その余は否認する。

右懲罰は、ノート、罫紙等の不正所持・使用の理由により科されたものであり、何ら違法はない。

(八)  同2(八)の事実のうち、原告主張のころ三回にわたり原告に精神診察を受けさせたこと、その結果原告が精神病質の疑い(第一回め)ないし精神病質(第二、第三回め)と診断されたことは認め、その余は否認する。

原告は、そのころ作業拒否、拒食、異物嚥下等常軌を逸した行動を反覆し、極めて精神不安定であつたため、原告の処遇方針の決定と健康管理の必要から矯正局長通牒(昭和三一年八月一八日矯正甲九〇一号)および同局長通達(昭和三九年四月四日矯正甲三二〇号)に基づき部外専門医による前記診察を受けさせたものであり、かかる場合、原告の同意がなかつたとしても違法ではない。なお、精神診察は原則的には問質により行なわれるのが常道であり、これに基づき本件診断がなされたとしても何ら異とするにあたらない。

(九)  同2(九)の事実のうち、京都刑務所長が原告主張のノートの領置を不許可とし、これを廃棄したこと、不許可とした理由が原告主張のようなものであつたことは認め、その余は否認する。

本件ノートは在監者が入監の際所持していた物ではないからそれについての規定である監獄法五一条の適用はない。従つて、それを領置するかどうかは刑務所長の裁量に委ねられているというべきところ、京都刑務所長は達示をもつて使用後のノートは原則として廃棄する旨定め、特に領置の願い出があつた場合でその必要性が認められる場合に限つてこれを許可することにしている。本件ノートはかかる必要性が認められなかつたため領置を不許可とし、かつこれを廃棄したものであつて、そこに何ら違法はない。

仮りに廃棄処分が違法としても、原告は領置不許可処分の告知を受けたときこれに同意したものである。

三  被告の主張に対する原告の認否

いずれも否認ないし争う。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、以下、請求原因2(一)ないし(九)について、京都刑務所の職員が故意または過失により違法な職務執行を行ない、原告に損害を加えたかどうかについて検討を加えることとするが、まず、違法な職務執行がなされたかどうかについて順次検討する。

1  わいせつ行為を理由とする軽屏禁懲罰が事実誤認により違法であるとの主張について

原告が昭和四五年八月ごろから昭和四六年二月ごろまで四舎独居房の衛生夫として就業していたこと、その間原告が、独居拘禁中の塩田務、中村一夫、吉田道三の各人に対しわいせつ行為をしたとして、昭和四六年五月一日軽屏禁二か月、文書図画閲読禁止併科の懲罰が科せられたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証の一、二によれば、右軽屏禁懲罰の理由とされたわいせつ行為事実は、(1) 昭和四五年九月下旬ごろ、四舎五八房において性倒錯者の塩田に対し、職員の隙をうかがい、自己の陰茎を吸わせ、さらに、その後昭和四六年一月三日ごろまでの間、同所において、同人に対し、数回同様の行為をさせたこと、(2) 昭和四五年一〇月上旬ごろ、同舎六〇房において、性倒錯者の中村一夫に対し、職員の隙をうかがい、同人の肛門に自己の手指を差し入れるなどし、さらに同月三〇日ごろ、同舎六四房において、同人に対し、自己の陰茎を吸わせたこと、(3) 同月中旬ごろ、同舎六三房において、吉田道三に対し、職員の隙をうかがい、自己の陰茎を同人の肛門にそう入し、いわゆる鶏姦行為をしたこと、であつたこと(以下本件わいせつ行為という。)が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、本件わいせつ行為は事実無根であり、本件軽屏禁懲罰は事実誤認の違法があると主張する。しかしながら、前掲乙第一号証の一、二、証人高野寿春の証言(第一、二回)によれば、京都刑務所の職員は、昭和四六年一月ごろ、原告が塩田、中村、吉田の三名とわいせつ行為を行なつたことを聞知し、まず塩田、中村両名を取調べに付したところ、右両名は、高野監督部長に対し、それぞれ前記(1) 、(2) の事実を素直に認め、同人らの懲罰審査会においても同様にその事実を認めて、軽屏禁懲罰に処せられたこと、原告は、本件わいせつ行為のすべてについてこれを否認し、吉田も原告とのわいせつ行為(前記(3) )を否認していたが、塩田、中村両名は、原告の懲罰審査会の席上、前記高野監督部長の取調べに対し、任意にかつ真実のことを供述した旨述べたこと、原告と吉田の件については、受刑者鄭実がこれを現認した旨供述したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、原告は本件わいせつ行為を行なつたものと認められ、前記塩田、中村、鄭の各供述を証拠に本件わいせつ行為を認定した本件軽屏禁懲罰に何ら違法はない。

なお、原告は、独居房の扉の開閉は職員がすることになつているから独居拘禁者と本件の如きわいせつ行為をすることは不可能であると主張するが、房内の写真であることについて争いのない検乙第一号証の一ないし一五、前掲高野寿春の証言および弁論の全趣旨によれば、京都刑務所の独居房の扉の開閉は職員が行なうこととされているが、時として職員が他の職務を行なうことなどのため、独居房の扉を開けたままその場を離れることがあり、その場合、衛生夫が独居房内に入り、本件の如きわいせつ行為に及んでも監視の眼が行き届かない場合があることが認められるから、この点に関する原告の主張は理由がない。

2  原告の作業拒否事犯について懲罰に付したことが「口約」に違反し、違法であるとの主張について

成立に争いのない乙第四号証、同第六号証、前掲高野寿春の証言、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和四四年一〇月ごろから京都刑務所の職員に対する告訴、情願等の書類の認書不許可および同刑務所の原告に対する処遇などを不満として、拒食、作業拒否、異物嚥下などの反抗的態度を繰り返していたこと、しかしながら、原告は昭和四五年一日末ごろになつてそれまでの態度を軟らげ、告訴を取り下げるなどと口にするようになつたため、当時の都管理部長および高野監督部長はそのころ原告に対し、「心機一転して頑張るのであれば力になつてやろう。」「面倒を見てやろう。」などと述べたこと、その後原告は、昭和四六年二月七日四舎独居房の衛生夫として就業中、配食のことで職員から注意を受けたことに抗弁し、作業拒否に及んだため、高野監督部長は事犯が悪質であり、原告に反省の態度も見られなかつたため、これを懲罰に付したこと、その結果原告は、作業拒否事犯により軽屏禁二〇日、文書図画閲読禁止併科の懲罰を科せられたことが認められ(一部当事者間に争いのない事実を含む。)、右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、都管理部長および高野監督部長の右認定の如き発言をとらえてこれを原告との紛争を解決するため、特に原告を優遇することを口約したものであるとし、後日原告の作業拒否事犯を懲罰に付したことは右口約に違反する違法な行為であると主張する。

しかしながら、刑務所における処遇の公平、紀律の維持という観点からすれば、紀律違反行為が判明した以上、ごく軽微な事犯を除き(かかる事犯については、単に訓戒するなど適宜な措置をとれば足りるものと解される。)、全て所定の懲罰手続に乗せた上、正当な懲罰権の発動を促すことが要求されているものというべきである。しかるところ、前認定の本件紀律違反行為の性質、態様からすれば、右事犯は単に訓戒に止めることを相当とするなどの軽微な事犯とはいえないことは明らかであり、都管理部長および高野監督部長の原告に対する前認定の発言をいかように解するにせよ、同人らがこれを懲罰手続に諮ることとしたこと自体は刑務所職員としてむしろ当然のことというべきであつて、何ら違法ということはできない。

3  監獄医が適切な措置をせず、強制労働を課したとの主張について

前掲乙第六号証、成立に争いのない乙第五号証、証人本田久雄の証言(第一、二回)、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和四六年三月一八日腹痛を訴えて医務室に連行されて来たため藤重医師が原告を診察し、鎮痛剤入りの胃薬を二日分投与したこと、翌一九日も原告は食後腹痛がするなどと訴えて医務室に連行されて来たため、井上医師が前同様の胃薬を四日分投与するとともに、同日より五日間、粥食、梅菜を支給するよう指示したこと、同月二四日右粥食支給期間が終了するため井上医師が原告を検診したところ、全身状態は良好と認められたため、同日の夕食より普通食を喫食するよう指示したこと、ところが原告は、翌二五日、前夜夕食後少量嘔吐し、上腹部が痛いなどと訴えて医務室に連行されて来たため、藤重医師が診察したところ、所見としては異状を認めなかつたこと、しかるに原告は、精神的に緊張し、種々の不満(前記粥食期間中、パン、ミルクを支給されなかつたことなど)を述べるとともに粥食でなければ喫食しないなどと自己中心的、顕示的主張を繰り返すため、同医師は原告に対し説諭をなした上、帰らせたこと、原告は翌二六日再び医務室に連行され、医務部に対する不満を述べるとともに普通食は喫食していないと述べるので、井上医師は心因的な面をも考慮して、翌二七日より五日間粥食・梅菜を支給するよう指示したこと、翌二七日原告は誕生会のドーナツ、免業日のパン食の支給を希望してきたが、沖本医師は胃腸炎のため粥食にしているとしてこれを許さなかつたこと、同月三一日本田医務部長は経過観察のため原告を診察し、消化器疾患については大したことはないと認めたが、原告が粥食でなければ喫食しないと言うので四月一日より五日間粥食・梅菜の支給を指示したこと、同月二日井上医師は原告について胃透視、胃液検査を行なつたところ、特に異状は認められなかつたこと、なお、右期間中原告には継続して作業(のし紙細工)が課せられていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は、右期間中本田医務部長が原告に対して適切な措置をとらず、強制労働を課したと主張するが、前認定の事実によれば、本田医務部長および原告の診察・治療にあたつた京都刑務所の各医師に医療措置上適切さを欠く行為があつたものとは認められない。また前認定にかかる原告の主訴、言動、担当医師の診察・精密検査の結果等に照らすと、当時の原告の容態がのし紙細工作業にも堪え得ない状態にあつたものとまでは認め難いから、右期間中原告に作業を課すこととしたとしても違法ということはできない。

4  軽屏禁懲罰の執行方法が違法であるとの主張について

原告が、昭和四五年一月から昭和四六年九月までの間、少なくとも計五回軽屏禁懲罰の執行を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第七号証、証人高野寿春の証言(第一回)、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、京都刑務所長は軽屏禁懲罰中の受罰者の基本姿勢(起床時から就寝時まで)として、食事、用便等やむを得ない場合を除いて、罰房の所定の位置に安座(あぐらをかいた姿勢)せしめることとしていること、執行期間中の戸外運動、入浴については、昭和三九年三月二日付所長達示九号別表二をもつて、保健上必要な場合を除いてこれを許さない(但し、入浴についてはこれに代えて湯で体を拭かせる。)ことと定めていること、原告の前記各軽屏禁懲罰の執行も、右に従い行なわれたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、軽屏禁懲罰の執行方法について監獄法六〇条二項は「塀禁ハ受罰者ヲ罰室内に昼夜塀居セシメ」ると定め、それ以上具体的な執行方法について規定していないが、右規定からもうかがえるように、軽屏禁懲罰は受罰者を厳正に隔離し、ひたすら反省自戒の毎日を送らせることを目的とする懲罰であるから、その執行にあたり受罰者に規律ある執行態度を要求するなどして右懲罰を実効あらしめるよう配慮することとしたとしても、何ら右条項に違反するものということはできない。もつとも、懲罰は刑務所の秩序を維持するためにやむを得ず科される不利益な制裁であるから、これが必要かつ合理的な範囲を超えて受罰者に精神的肉体的苦痛を与えるものであつてはならないことは言うまでもなく、またそれが人道上残酷と認められるようなものであつてはならないことは憲法三六条の趣旨からも明らかである。

そこでこれを前認定の本件各軽屏禁懲罰の執行についてみるに、軽屏禁期間中基本姿勢として安座をとらしめ、戸外運動、入浴を許さないこととしたとしても、右はいずれも前記軽屏禁懲罰の目的に照らし必要かつやむを得ないものというべきであり、かつこれによつてもたらされる苦痛の程度全体を勘案しても、未だ人道上残酷とまでは認め難いから、本件各軽屏禁懲罰の執行方法をもつて違法ということはできない。もつとも、戸外運動、入浴の禁止はこれが人の健康に多かれ少なかれ影響を及ぼすものであることは認めざるを得ないが、前認定の所長達示によれば戸外運動、入浴はいずれも保健上必要と認められるときはこれが許されるものとされ、特に入浴についてはこれに代えて湯で体を拭くことが許されていること、監獄法施行規則によれば軽屏禁懲罰の執行前後(一六〇条二項、一六三条)およびその執行の時々(一六一条)に監獄医による健康診断をすることが義務付けられていることなどに照らすと、これら戸外運動、入浴の禁止が直ちに受罰者の健康を著しく損うものとまでは認め難い。これに関して原告は、軽屏禁懲罰の執行により冬には手足が凍傷にかかり、夏には湿疹が治りにくかつた旨主張するが、かかる事実を認めるに足りる証拠はない。

5  舎房衛生夫として違法な超過労働を強いられたとの主張について

原告が昭和四五年八月ごろから昭和四六年二月ごろまで四舎独居房の衛生夫および作業指導係として就業していたことは前記のとおり当事者間に争いがない。

原告は、その間、工場出役者よりも二、三時間超過労働を強いられたと主張する。しかしながら、証人高野寿春の証言(第一、二回)および弁論の全趣旨によると、原告が就業していた当時の舎房衛生夫(定員三名)の主な作業内容は、独居拘禁者への配食(一日三回)、房内作業者への製素品の搬入搬出(同各一回)、便捨て(同一回)、舎房通路等の清掃(随時)であつたところ、その作業時間は右配食の関係から工場出役者よりも長く、午前六時四〇分ごろから(工場出役者の場合は午前七時二〇分)午後五時一〇分ごろまで(同午後四時四〇分)であつたこと、また、その作業の性質上、工場出役者のように定時に休憩(午前午後各一五分、昼食時四〇分。)をとることができなかつたこと、これらの点を考慮して、京都刑務所では舎房衛生夫に対してはなるべく作業の合間に休憩をとらせることにして実働八時間を超えないよう配慮していたこと、また、舎房衛生夫については特に作業賞与金計算高の算定においてこれを優遇する措置をとつていたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果はにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、舎房衛生夫は工場出役者に比べて作業拘束時間が長くなつてはいるが、実質的な労働時間にはそれほどの大差があつたものとは認められず、このように舎房衛生夫の作業拘束時間が長くなつているのはその作業の性質上やむを得ないものというべきであるから、そのこと自体違法ということはできない(監獄法施行規則五八条二項参照)。そして仮りに実質的な作業時間が長くなつたとしても、このことは作業賞与金計算高の算定において考慮されることが明らかであり、また前認定の事実によれば、特に京都刑務所においては舎房衛生夫について右計算高を優遇する措置をとつているというのであるから、実質的な意味においても処遇の公平が保たれているものというべきである。

なお原告は、一名欠員が生じたときは二名のまま超過労働を強いられたと主張する。しかしながら、舎房衛生夫の定員を何名にするか、欠員が生じた場合にどうするかについては、人員、作業の性質等を考慮して刑務所長がその裁量において決すべき事柄と考えられるところ、前掲高野寿春の証言によれば、欠員が生じた場合については最も忙がしい配食の作業に図書夫の応援を頼んだことが認められ、右認定の事実と前認定にかかる舎房衛生夫の作業内容等に照らすと、配食以外の作業を二名でやらせたとしても直ちに右裁量権を濫用しまたは逸脱した違法があるものとはいえない。

6  違法な懲罰期間の算入がなされたとの主張について

原告が昭和四六年四月ごろから同年一一月ごろまでの間、行政訴訟を提起していたこと、そのため右期間内になされた軽屏禁懲罰の執行に際し、弁論期日の出頭等により同懲罰の執行停止がなされたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第八号証および証人谷山国正の証言(第一、二回)によれば、右懲罰の執行停止は午前九時ないし同一一時ごろに行なわれたが、当日については矯正局長通牒(昭和三四年一月一〇日矯正甲六号)三条三項に従い、これを懲罰期間に算入しなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、懲罰執行停止当日は時間を論ぜず一日として懲罰期間に算入されるべきであると主張し、監獄法施行規則一六二条一項をその根拠として掲げるようであるが、右条項が懲罰の執行停止の当日を懲罰期間に算入すべきものと定めた規定と解せられないことはその文言自体からも明らかである。むしろ、この点について監獄法および同法施行規則は何ら明文の規定を置いていないのであつて、このことからすると法は執行停止の当日を懲罰期間に算入するかどうかについて、行政庁の裁量に委ねたものと解することができる。

もつとも、塀禁罰は受刑者に科せられる最大の不利益な制裁であり、しかも身体の拘束を伴うものであるから、執行停止当日を懲罰期間に算入するかどうかについては、受刑者にとつて実質的に懲罰期間が延長されたのと同視し得るような著しく不利益な取扱いをなすことは許されないものというべきである。これを本件についてみるに、前記通牒によれば、執行停止の当日を懲罰期間に算入しないことの代わりに、執行を再開する場合は時間を問わず全一日としてこれを懲罰期間に算入すべきものとされていること(三条一項)、前掲谷山国正の証言によれば、執行停止後原告に対する懲罰を再執行する場合には再執行開始の時刻が右執行停止の時刻となるべく同一時刻になるよう配慮したことが認められ、これらの点に徴すると、本件軽屏禁懲罰の執行停止当日を懲罰期間に算入しなかつたからといつて、原告に実質的な不利益はほとんどなかつたものと考えられ、まして懲罰期間を実質的に延長するような取扱いであつたともいえないことは明らかである。従つて、そこに何らの違法はない。

7  罫紙の使用目的違反を理由とする懲罰が違法であるとの主張について

成立に争いのない乙第一二号証ないし第一四号証、前掲谷山国正の証言、原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)および弁論の全趣旨によれば、原告は昭和四六年五月京都刑務所長に対し訴訟用として制限冊数外のノート二冊の使用許可を願い出たため、同所長は同月一九日、ノートの不正使用の禁止などをうたつた「ノート使用心得」(昭和三六年八月一日達示第一〇号)に違反しないことを条件にこれを許可したこと、その後間もなく原告は同所長に対し訴訟関係書類、メモの削除、廃棄等をしないよう願い出たため、同所長は同月二二日メモは不許可とすることなどを内容とする決定をなし、谷山保安課長は右決定を原告に告知する際に改めて原告に対しメモは許さない旨伝えたこと、しかるにその後原告はノートをはずし、罫紙を適当に切つてメモ代わりに使用していたためこれが昭和四七年二月九日発覚し、軽屏禁二〇日の懲罰に処せられたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照らしにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

受刑者にメモの使用を許さないとすること自体は刑務所内外の通牒防止等の観点からやむを得ないものとして是認することができる。原告が右のような趣旨からメモの使用を禁止されていたにもかかわらずこれに違反する行為を行なつたことは前認定の事実により明らかである。従つてこれを理由に原告に対し本件軽屏禁懲罰を科したことには何ら違法はなく、この点に関する原告の主張はいずれも採用することができない。

8  違法な精神鑑定を受け、侮辱されたとの主張について

前掲乙第六号証、成立に争いのない甲第二〇号証、同乙第九ないし第一一号証、前掲本田久雄の証言、原告本人尋問の結果および前記2において認定した事実によれば、原告は昭和四四年一〇月ごろから京都刑務所における処遇、認書不許可の処分などを不服として拒食、抗弁、作業拒否などを繰り返し、昭和四五年一月には異物を嚥下してこれに抗議するなど常軌を逸するような行動がみられたため京都刑務所長は原告の保安および処遇方針の参考とするために、矯正局長通牒(昭和三一年八月一八日矯正甲九〇一号)および同局長通達(昭和三九年四月四日矯正甲三二〇号)に従い、京都府立洛南病院医師綿織透を招聘し、昭和四五年一月二六日、同年三月三〇日、昭和四六年五月三一日原告の精神診察を行なわせたこと、同医師はいずれも問診により原告の診察を行ない、一回めにおいて好訴性兼自己顕示性精神病質の疑い、二回め、三回めにおいて精神病質と診断したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、右精神診察は原告の同意なくしてなされたもので違法であると主張する。しかしながら、受刑者の身体ないしは精神に異常が認められるときは、受刑者の生命・健康および刑務所の保安の維持のためはもとより、受刑者に対して適正な矯正・教化を図るため、その意思に反しても医師による診察・治療を行なうことができるものというべきである。もつとも、そのために強制措置をとる場合は、受刑者に身体的拘束ないし苦痛を与えることもあり得るから、これが許される要件ないし強制手段の許される範囲については慎重な吟味が必要というべきであるが、本件において、前認定のような原告の行動からすると、その生命・身体の保持およびその処遇方針の決定のために精神診察を行なつたことにはそれなりの十分な理由があつたものというべきであり、またそれについて特に強制手段を用いているわけでもないから予めこれについて原告の同意がなかつたとしても違法ということはできない。

なお原告は問診のみによる精神診察の非をいうようであるが、問診が精神診察のための一手段であることは疑いがないから、それのみにより診断がなされたとしても何ら違法ではない。

次に、原告は多数人の居る前で石丸管理部長および谷山保安課長より侮辱された旨主張し、甲第四号証の原告の日記的な覚書にはそれに副う部分もあるが、右は前掲谷山国正の証言に照らすとにわかに措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠もない。

9  訴訟用ノートを違法に没収、廃棄させられたとの主張について

成立に争いのない甲第三、第四、第八号証、同乙第一二、第一六号証、第一七号証の一、二、第一八号証、前掲谷山国正の証言、原告本人尋問の結果および前記7において認定した事実を総合すると、京都刑務所長は、「ノート使用心得」(昭和三六年八月一日所長達示第一〇号)をもつて、受刑者のノート使用の遵守事項を定め、これを許可したノートには表紙裏部分に不動文字をもつて印刷された右心得の小票を貼付し、その周知徹底を図つていたこと、原告は、京都刑務所長より右ノート使用および制限冊数外使用の許可を得て自弁にかかる訴訟用ノート二冊(以下本件ノートという。)を所持使用し、京都刑務所職員による虐待あるいは人権侵害と思料される事実および自己が提起していた訴訟等に関する事項等を記入していたこと、その後原告は右ノートに記載した事項等をもとに告訴、付審判請求、行政訴訟等の申立をなし、本件ノートの一部(合計約二〇頁)について証拠保全をなす(昭和四七年二月九日および同月二四日、それぞれ京都地方裁判所第三民事部、同第二民事部により右部分の複写保全がなされた。)とともに、同月二七日の釈放を前に、同月一九日前記「ノート使用心得」一〇項の規定(「ノートは使用後廃棄する。但し特に領置を希望するものは願い出によりその必要性を認めた時は許可する。(満期一週間前委員面接直後)」)に従い、告訴事件、行政事件および人権問題の裏付け証拠として提出するためとして本件ノートの領置許可願を提出したこと、これに対して京都刑務所長は、同月二五日「(1) 行政訴訟上必要と申立てている部分については二回にわたり証拠保全を申立て、検証を終つている。(2) 記入内容が「ノート使用心得」に違反する事項が多く、そのほとんどは抹消しなければならない。(3) 原告の社会生活に必要とは認められない。」としてこれを不許可とする旨決定したこと、そして後に本件ノートを廃棄したことが認められ(一部当事者間に争いのない事実を含む。)、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、刑務所において処遇の公平、保安・紀律の維持等の要請から、受刑者が入所時携有した物品は原則として全て領置され(監獄法五一条一項)、自弁または差入にかかる物品についても刑務所の許可がなければこれを所持することができないこととされている(同法五三条一項、同法施行規則一四八条)。しかしながら、受刑者といえどもその所有する物品の所有権そのものを正当な理由によることなくして奪われない権利を有することは多言を要しないところであつて、監獄法五一条一項ないし三項の趣旨は等しく受刑者の自弁にかかる物品についても妥当するものというべきである。従つて、右自弁にかかる物品も原則として領置され(同法施行規則一四八条)、釈放の際本人に交付(返還)されるべきものであつて(同法五五条)、いやしくも受刑者が主観的に保存の価値を認めている物品である以上、その同意なくしてこれを廃棄することは許されないものというべきである。

叙上の見地に立つて本件ノートの領置不許可処分および廃棄処分の適否について検討するに、本件ノートは原告の自弁にかかるものであるところ、原告は釈放後これを使用する目的で京都刑務所長に対してその領置許可願いを申請し、その返還を希望したことは前認定の事実から明らかであるから、少なくとも原告は本件ノートについて保存の価値を認めていたものということができる。京都刑務所長は領置不許可処分の理由として、証拠保全により検証されていること、内容が不穏当なため大部分削除しなければならないことを掲げているが、証拠保全は本件ノートの一部についてなされたものであり、また、内容が不穏当なため大部分記入内容を削除しなければならないとしても全部を廃棄する理由とはならないものというべきである。そして本件全証拠によつても、他にこれを領置不許可とし、廃棄したことに正当な理由があつたものとは認められない。なお、被告は原告が本件ノート廃棄処分に同意した旨主張し、前掲各証拠によれば原告は本件ノートの領置不許可処分の告知を受けた際、「わかりました。」と返事をしたことが認められるが、右は告知受領の意思表示と解すべきものであつて、これをもつて廃棄処分についての同意すなわち所有権放棄の意思表示とまで解することはできない。

そうすると、一連の本件各処分は、正当な理由なくして原告の財産権を侵害した違法があるものといわなければならない。

三  そこで本件ノートの領置不許可処分および廃棄処分について京都刑務所長に故意過失の違法があつたかどうかについて検討するに、右各処分が前記二9記載の「ノート使用心得」一〇項の規定に従い領置の必要がないと判断されたことによるものであることは前認定のとおりであるところ、前記説示のように本件訴訟用ノートは保存の価値あるものとして(内容の一部を削除することがあることは別)領置のうえ返還すべきものであつたから、少なくとも京都刑務所長には右領置の必要性に関する規定の判断を誤つた過失があるものというべきである。

四  よつてすすんで、本件ノートが廃棄されたことによつて被つた原告の損害について検討するに、これによつて原告が精神的損害を被つたであろうことは疑いがないとしても、本件ノートの一部は証拠保全により複写保全されていること、本件ノートが仮りに領置のうえ返還されても、京都刑務所長はその記入内容の大部分を削除しえたことは前認定の事実から明らかなところ、これと甲第三、第四号証の本件ノートの一部(証拠保全にかかるもの)から推察される同ノート全体の記入内容等に照らすと、原告が被つた精神上の損害を慰藉するに足る金額としては金三〇〇〇円が相当である。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、本件ノートを廃棄されたことによる慰藉料として金三〇〇〇円の支払いを求める限度で理由があるから右限度でこれを認容することとし、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荻田健治郎 井深泰夫 近藤壽邦)

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